会津田島祇園祭

introduction

山々に囲まれひっそりと佇む南会津町。ここに日本三大祇園祭の一つ会津田島祇園祭がある。約800年の歴史を受け継ぎながらも人口が減ると共に祭りの規模は小さくなった、それでもこの祭りは地元の者によって毎年欠かさず行われている。地元の者にとって会津田島祇園祭とはどういう祭りなのかその魅力を探ります。

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その3 娯楽と奉納の屋台歌舞伎

6月初め稽古場に伺うと、歌舞伎らしい言い回しの大きな声が響き渡った、低くどすの利いた台詞にも幼さが垣間見える。変声期もまだに見える男の子の見得にはこの年代だからこその愛らしさがある。
祇園祭まで残すところ約1ヶ月半、東京から先生を迎えての練習となる。
発声練習をしていた子ども達は動きを覚え通し稽古となっていた、子ども達の成長は早い。長く演じている子ども達は既に台詞も動き入っており、あとは物語の理解を深め役の感情に入り込むだけだ。
時折、先生による指導の他に年長者である高学年の子たちが入ったばかりの小さな子たちに教える光景が見える、南会津それぞれの地域、学校も育った環境も違う場所から集まった子ども達だが自然と親しくなりチームワークが生まれてくる。
小さな子たちの無邪気さや素直さが思春期の子どもたちの気難しさを溶かし、舞台に対する責任感を持たせているようにも見える。思春期であろうともその辺りは純粋だ、時折その純粋な熱意が彼らを化けさせる。

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7月初めには本番に近い衣装をまとい本番同様の祭屋台での練習は始まる。
時折チームワークが崩れ流れが止まっていた通し稽古だったが、舞台に上がり本番の匂いが近づけばスムーズに物語は進む、子どもが化ける瞬間だ。
嘆き怒り苦しみ舞台の上では声色が変わる、迷いの感じられた舞は型に決まりメリハリがつく、稽古場よりも狭い屋台の上その動きはさらに大胆に自信に満ちていた。
毎年教えている先生もその変化に驚く「子ども達の可能性ってすごいでしょう」と。

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約800年に及ぶ祇園信仰の祈り、疫病や災厄が多く生き抜く事すら難しかった遠い昔の夏、無事に夏を乗り越えられるようにと祈りは捧げられ続けてきた。
時代が移り変わり疫病もなく生き抜く事が当たり前となった現在でも、人と人との繋がりの深いこの南会津にあって大人達がこの地の子ども達の成長を願うのはもちろんのこと、誰かが誰かの幸せを願うのは何も変わることなく、祇園信仰に込める思いは800年前と変わらず受け継がれている。
子供屋台歌舞伎を観た者達は、その演じられた物語を娯楽として楽しむほか、祇園祭に行われる事で、子ども達の成長を喜びそしてまた無事に成長することを願い、祇園信仰を強くしたのだろう。

IMG_1851本番の会津田島祇園祭まで残すところ2週間。
大人に見守られ、彼らの歌舞伎は日々力強くより大胆に成長し進化している。

【会津田島祇園祭】その4につづく

投稿者: cool会津編集長